毎春、私が自問自答する茶席の禅語

ごきげんよう!
誰でも簡単キレイな大人着物
はじめませんか?
神戸 芦屋 西宮 着付け教室るりいろの松本ちえです。

先日のお茶のお稽古、床の間に掛けられた軸は
「弄花香満衣」
でした。

弄花香満衣の読み方

はなをろうすれば かおり ころもに みつ
または
はなをもてあそべば かおり えに みつ

と読みます。

どんな意味?表面的編

表面的な意味は

「花を摘めば、その香りが着物に移ったよ」という意味です。

なんとなく情景まで想像できそうな感じですね。

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禅的に深く読み解くと・・・

この句の前には、

「掬水月在手」(水をきくすれば つき 手にあり)という語がついていて対句になっています。

で、この対句の「弄」「掬」という字がポイント。

花に触ったから、衣にかおりが移る
手に水をすくったから、遠い空にある月が手のひらに映る。

つまり、「触れる」「すくう」という原因があるからこそ
香りがうつったり、月が手の中に見えたりする結果がおこるわけです。

原因があるから結果がある。

「ただ何もしないでぼんやりしていても、なんの結果も得られませんよ」

とこの句は教えてくれています。

亡き師匠との思い出

最初のお茶の師匠は、生前、
「禅語には表の意味と裏の意味があるんよ」
と言っていました。
「裏の意味は知らんけど」と。

好奇心が旺盛で、そもそも学校の先生だった師匠が知らないはずはなく
「自分で調べなさい」ということだったと思っています。

師匠がお元気だったころは、調べたりしたことない、不出来な弟子でしたが
亡くなってから、その意味を調べるようになりました。

中でもこの禅語は、好きなものです。

禅語は人生に通じる

私たちの人生はいつも、原因があるから結果もある
望む結果でないのは、その原因となる行動をしていないからなのですよね。

このお軸を見るたびに、自分の人生をよりよく生きるために
今できる行動をしているか?
と自問自答しています。

なんにもしない、ということは
なんの結果も生まない、ということ。

なんの結果もない人生を望むならそれでよいのです。

でも・・・

もしそうでないのなら、

自分には今何が出来るだろう

そんなことを考える春の一日でした。

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